【イベントレポート】豪華プロフェッショナルにより、日本古来のエンターテイメントの魅力を再発見!一夜限りのパフォーマンス「NOBODY」in ROHM Theatre Kyoto

誰でもない寂しさからの解放へ
孤独な私たちそれぞれの個の内面と、その解放を人間と人形で示す、全く新しいアートパフォーマンス

■新作能「NOBODY」あらすじ

私そのものという人形を持った演者が、得体の知れぬ他者の出現により、自己への不安を掘り下げていく過程を能の舞で表現します。演目のラストでは人形が変化し、迷いや恐れから解放されます。そして静かに消えていく。

総合監修:清川あさみ
脚本:いとうせいこう

■新古典楽し座について

異種の伝統芸能を組み合わせ、誰にでもある日常の素朴な疑いからの脱却を、文学的芸術的なアプローチで描くアートパフォーマンス。新しい人形浄瑠璃の制作に続き、日本古来のエンタテイメントの魅力を、清川あさみを中心に作家いとうせいこうなど様々な分野のプロフェッショナルの技で再発見する試み。

■制作の背景について

2019年より構想をはじめ、震災から観光客が衰退しているという、故郷の伝統芸能の人形浄瑠璃の復興をお手伝いして欲しいというプロジェクトがきっかけでスタートされています。

人形浄瑠璃は1人の人間に対し、命を吹き込むために3人もの人間が必要な伝統芸能。本作は様々な工夫をしながら命がけで考え、伝えられてきた文化を、全く新しい価値観を作るための編集と物語を芸術としてみせるしかない、日本人の心とその大切さを伝えていきたいという強い思いから生まれた作品です。

次世代に継承する方法は過去にもある中、さらに改めて再編集し、新しい舞台の価値観(大衆演劇)を作ることによって、場所と時代でより変化させながら成長していけるのではないか、と考えられました。

昨今のコロナ禍、先の見えない不安を感じるこの世の中で、日本人だけでなく世界中の人々の心に、自分とは何者なのか?大切なものは何か?
そんな問いから、新しい企画が始まりました。

参考写真:「淡路人形浄瑠璃再生プロジェクト」(2020年)

■新作能「NOBODY」製作陣について

●総合監修:清川 あさみ

兵庫県淡路島生まれ。現在は東京を拠点に活動する清川あさみは90年代より雑誌の読者モデルとして注目を集め、2000年代には文化服装学院にて服飾を学びながら、「ファッションと自己表現の可能性」をテーマにアーティストとしての創作活動を開始。2001年に初個展を開催して以来、国内外で多数の展覧会を開催し、その活動は常に高い注目を集める。ソーシャルメディアや雑誌などのメディアシステムを通して日々膨大な情報に晒される社会で、個人のアイデンティティの内と外の間に生じる差異や矛盾に焦点を当て、可視化する。写真や雑誌、本や布に刺繍を施す独自の手法を用いた作品でよく知られ、代表作には「美女採集」「Complex」「TOKYO MONSTER」シリーズなどがある。

近年は表現・活動の領域を広げ、衣装、広告、映像、空間、プロダクトデザインなどのクリエイティブに携わるとともに、絵本の制作や地方創生事業にも取り組む。

主な個展に「Mirror World」MAKI gallery 天王洲 I(東京、2023年)、「TOKYO MONSTER, reloaded」銀座 蔦屋書店 GINZA ATRIUM(東京、2021年)、「Incarnation」ARARIO GALLERY SHANGHAI(上海、2019年)、「美女採集」水戸芸術館現代美術ギャラリー(茨城、2011年)などがある他、世界各地のグループ展やフェアに参加・出展。受賞歴多数。大阪芸術大学の客員教授も務める。

●原作:いとうせいこう

俳優 / 小説家 / ラッパー / タレント
雑誌『ホットドッグ・プレス』の編集者を経て、1980年代にはラッパーとして藤原ヒロシらと共に最初期の日本語ヒップホップのシーンを牽引する。その後は小説『ノーライフキング』で小説家としてデビュー。独特の 文体で注目され、ルポタージュやエッセイなど多くの著書を発表。

●能楽師:林宗一郎(観世流シテ方)

京観世五軒家のうち、寛永二年より続く林喜右衛門家十四世当主。父、十三世林喜右衛門、及び二十六世観世清和に師事。これまでに「乱」「石橋」「道成寺」「翁」「望月」「安宅」を披く。また歌舞伎俳優・市川海老蔵特別公演「源氏物語」「古典への誘い」他に出演し、日本の古典芸能の魅力を世界に伝える事を志す。2017年にはマレーシア国交樹立60周年記念公演「船弁慶」、ジャパンソサエティ・ニューヨーク創立110周年記念公演「利休江ノ浦」に出演するなど海外にも活動を広げる。

●糸あやつり人形:結城一糸(糸あやつり人形一糸座)

『一糸座』は、寛永年間から続く結城座、十代目結城孫三郎の三男・結城一糸によって2003年に旗揚げ。江戸の流れを正統に継承する座として、古典作品の上演に限らず、国内外のアーティストとの共同作業による斬新な新作公演も意欲的に行っている。2015年にはイタリア・ボローニャ大学より招聘され、「伝統と前衛」をテーマにシンポジウム・レクチャー・上演を行うなど海外での活動も多い。2022年には、結城一糸の名前を長男結城敬太が継承し、四代目結城一糸を名乗る。三代目結城一糸は、江戸時代に活躍し名人と呼ばれるも一代で途絶えた人形遣いの名前を復活させ、江戸伝内と改名した。

●ミュージシャン:原 摩利彦

親しみやすいピアノ曲から先鋭的な音響作品まで、舞台・現代アート・映画など、さまざまな媒体形式で制作活動を行う。
NODA・MAP『フェイクスピア』音楽担当。李相日監督『流浪の月』音楽担当。令和3年度京都府文化賞奨励賞受賞。

●能面師:大月 光勲

京都在住の能面師。創作面などを能楽師や寺社などに奉納し、2015年にはフランス・パリでの個展を成功させるなど、精力的に活動。
「光勲能面會」を主宰しており鎌倉には「鎌倉光勲會」を発足、後進の指導も積極的に取り組んでいる。

●バルーンアーティストユニット:DAISY BALLOON

バルーンアーティストであるRieHosokai(細貝里枝|1976年)と、アートディレクター・グラフィックデザイナーのTakashiKawada(河田孝志 |同年)からなるアーティストユニット。2008年結成以来、「感覚と質」をテーマに掲げ、バルーンで構成された数々の作品を制作。それらは繊細さが細部まで行き渡った建築物を思わせ、多くの人々を魅了している。

また、清川は2022年6月に大阪芸術大学 客員教授に就任し、アート芸術分野に励む学生たちに向けた講義を通じ、舞台美術をDAISY BALLOONがメインとして、大阪芸術大学の学生ラボメンバーがアシスタントとなり製作。「NOBODY」メインポスター製作も学生らと協業しました。

今回POPAP編集部は一夜限りのアートパフォーマンス新作能「NOBODY」を体験し、総合監修を務めた清川あさみさんより、作品に込められた思いについてお話を伺いました。

■舞台制作について

早川:どのように制作を進められてきたか、お伺いしてもよろしいですか。

清川:はい、いとうせいこうさんから原作が送られた時、物語を読んだ時にはすでに頭の中で世界ができていて、絵が見えていたんですよ。そこから、自分の中で読み砕いていって、どのような演出にするか、舞台やキャスティングについて考えていく中で皆が本当に関わってくれるという話になりました。

大きな舞台にしようとも考えていたけど、一番初めはすごく素朴にモノトーンの世界で、お話に集中できるような世界を作りたいと思いました。

自分の中では、ロームシアターに下見に来た時に、ここがちょうど良い大きさだと感じて、同時期に個展も控えていたので、没入型の世界を体験してもらった後にも見て貰える世界が作れると思い、全てが繋がりました。

■極地を意識した世界観について

清川:コロナ禍で、混沌とした世界を私たちは見てきました。今回はそこから解放される自分たちを描きたいと思ったんですよね。そのために、とにかく舞台はシンプルに、どこの国、どこの世界、時間軸などがわからない、極地のような世界を作りたいと思いました。

個展も「polar」というシリーズがあるのですが、それも引枠や焼枠にドローイングをして圧着してドローイングをさせるという不思議な光を放つ作品だったり、水面のような世界や、全ての境目をイメージして個展を作ってます。水面も、時代も、表と裏、内面と外側、その全ての境目、局地に触れるという意味で繊細なものを作りたいと思いました。

人形を探している時に、様々な伝統芸能のプロフェッショナルがいる中でとても悩んだのですが、今作は糸を使っていたので「一糸座」さんに惹かれました。糸繋がりというのと、ピンと張った人間の芯、一本の精神のようなものが感じられる極地だと思い、「操り人形」が世界観に合うと思いました。

そして、いとうせいこうさんとの信頼関係の中で、自分の頭の中にあるものを自由に形にしていくことができました。

■NOBODYというタイトルについて

早川:展覧会名にもなっている「I'm nobody. 何者でもない」というタイトルはどこから着想を得たのでしょうか。

清川:情報が溢れる社会において、自分とは何者なのだろうか、本当の自分とはなんなのか、コロナ禍で自分の内側に向けて考えた人がたくさんいたと思います。その中で「何者でもない」というテーマを設定しました。体はあるけど、顔が一番象徴的だと思っています。これは「TOKYOモンスター」という作品にも繋がるのですが、顔ってその人の象徴が出てしまうから、その「面」をある、ない。体があっても顔がないということにメッセージ性があるのではないか、というところから始まりました。

■幻想的で美しい演出について

早川:人形と人間が井戸を覗き込むシーンなど、とても印象的で美しい光景でしたね。

清川:それはとても嬉しいです。台本をもらった時に、演出プランを考え、光の演出でどれくらい神秘的に見せられるのか、試行錯誤をしながら考えました。

■若い世代に向けたアプローチについて

早川:今作は次世代に向けたアプローチをされているとお伺いしました。鑑賞された方にどのように感じてもらいたいですか。

清川:伝統というより、新しいパフォーマンスとして見てもらえたらいいなと思っています。
実は、浄瑠璃のプロジェクトに関わって以来伝統芸能の新しい作品を作りたいと思っていたのですが、構想に2年ほどかかりました。

そして、極地を表現するためにはお能がいい、シンプルで皆が分かる伝統であるため、リミックスし新しい世界観で表現することで、次世代にも興味を持ってもらえるお話になるのではないか、と考えました。

早川:確かに、今時の若い世代は伝統芸能に触れる機会が少ないですが、今回のような没入型の作品は距離も近く、現代的なストーリーで、きっと多くの方に興味を持っていただけますね。

清川:そうですね。ぜひまた、楽し座として、今回ご一緒したみんなとストーリーをつなげていけるといいなと思っています。モノトーンの世界から始まり、彩がついていくようなイメージで考えています。

今回は、自分のやりたいことを自分の責任の上でやると覚悟を決めて、実験的にアート作品を作りました。一夜限りで行うことにも意味があると思っています。

■能面へのこだわりについて

清川:実は作中で使われている能面にもエピソードがあります。初め、AIなどで分析をしたところ、「何者でもない」というテーマにすると平均的な顔になってしまいました。顔って「特定された誰か」になってしまうんです。そこで能の舞台を見にいった時に、能面の裏側ってどうなっているのだろうと思ったことがきっかけに、能面の裏をあえて、表にするデザインを考えて大月先生に掘ってもらいました。

一番怖い顔が、裏返すと実は一番可愛い顔になったところに萌えたりもしました。これは人間的にも発展する、繋がりがあると思い、面白いと感じています。


早川:面の表と裏、とても興味深いコンセプトですね!ディティールへのこだわりをお伺いすることで、作品をより深く楽しめますね。最後に、2年ほど温められてきた作品の公演を終えられて、今どのようなお気持ちですか。

清川:まさか、本当にカタチにできるとは思っていませんでした。初めは自分一人で頭に描いていた作品でしたし、舞台は色々な人の力が必要なので。

それが、本当に良いものとして完成したことは喜ばしく、この作品が伝統を次世代に繋げていくことが出来る新しい作品になると良いなと思います。


 

■最後に

アーティストとしてだけでなく、大阪芸術大学で教鞭も取る清川さん。本プロジェクトを立ち上げた際には有志メンバーを募り、10名ほどの学生たちと課外授業として舞台制作を行われた。アイデアを出し合いながら、メインビジュアルの制作などで協働されたと言います。

展覧会初日に行われたパフォーマンスとしても繋がりが感じられ、とても豪華な作品でした。
現代的な編集の元、日本の伝統芸能に光を当てた作風はまだ、能に触れたことがない方でも楽しんでいただける作品となっています。

MtK Contemporary Artでは、引き続き、個展「I’m nobody. 何者でもない」が開催されております。この機会にぜひ会場に足を運んでみてください。

展覧会概要

清川あさみ個展「I’m nobody. 何者でもない」

●期間|2023年4⽉28⽇(⾦)〜 6⽉4⽇(⽇)
●会場|MtK Contemporary Art
●お問い合わせ|info@mtkcontemporaryart.com

MtK Contemporary Artでは、4月28日(金)より6月4日(日)にかけて、アーティスト・清川あさみによる初の個展「I'm nobody. 何者でもない」を4月28日(金)より開催いたします。

清川はこれまで、代表作「美⼥採集」や「TOKYO MONSTER」など、写真や刺繍をベースに、個⼈のアイデンティティを形成する“内⾯”と”外⾯”の関係や、そこに⽣じる⼼理的な⽭盾やギャップなどを主題とした作品を国内外で発表してきました。現在開催中の個展「Mirror World」(MAKI gallery, 天王洲)においても、形ある“外面”から人間の”内⾯”の有り様を鋭く捉える作品が話題を呼んでいます。

その地点からさらに“内面”へ踏み込む今回の展覧会「I'm nobody. 何者でもない」。初日に上演された一夜限りのアートパフォーマンス「NOBODY」を入り口とし、展覧会を通して“内面”の深部へと潜り込み、「自分は何者か」という永遠の命題に向き合う構成となっています。

“内面”の深層部を捉えようとする試みは、西陣織に逆らって手で施された刺繍作品や、高級な帯地に用いられてきた焼箔(銀が硫化して変色する性質を利用した織りの技法)をベースにしたドローイング作品など、より抽象度の高い作品へと繋がっていきます。開催地・京都において長い歴史を誇る伝統技術に独自の表現を加えて進化する清川の作品に、鑑賞者は自分自身の姿を見出すかもしれません。

そのほか、2016年より手がけているアクリルと糸で写真イメージを再構築するシリーズ「1:1」(イチタイイチ)、2021年にデジタルアートとして公開された《OUR NEW WORLD》の原画である3mにも及ぶ刺繍作品、アートパフォーマンス「NOBODY」を書で綴った絵巻物や能面まで、新境地を開拓し続ける清川の作品を是非ご覧ください。

いつの時代も⼈の⼼の本質は変わらないものなのかもしれません。

⾃分が⾃分であることに⾃信を持っていられる⼈はどのくらいいるのでしょうか。

⾃分は何者か答えられる⼈は、どのくらいいるのでしょうか。

世界が混沌を極めるなか、⼈は⾃らの⼼に向き合い、

この世界と⼈間という存在の関係について、考え続けています。

私達は⽣きながらにして彷徨い、旅をする。          


―清川あさみ